【インタビュー】高塚俊也さん[パティシエ]×高野邦彦さん[建築家]

本日はパリでご活躍されているお二人にお話を伺います。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

高塚 高塚俊也です。ケーキを使って人を楽しませる仕事を自分も楽しみながらしています。埼玉県生まれでパリ在住は17年目になりました。

高野 高野邦彦です。フランスは19年目になります。ほぼ人生の半分をフランスで過ごしていることになりますね。パリで建築事務所をやっています。

現在パリでパティシエ、建築家としてお仕事をされている同年代のお二人ですが、伊奈学在学中に面識はあったんですか?

高塚 伊奈学時代は全く交流なかったですね。学年もひとつ違いだし。

高野 そうですね。僕が5ハウスでサッカー部だったし。高塚さんは4ハウスで、部活は…。

高塚 伊奈学時代は全く交流なかったですね。学年もひとつ違いだし。

お二人とも語学系ですか?

高野 はい、フランス語学科でした。

高塚 僕は英語学科で、当時は漠然と外国人と交流することに憧れていたんですが、特定の国に行きたい、ということは考えていなくて。パティシエになりたいと思ったのが3年生になってからなので、その時になってはじめて「ああ、フランス語やっておけばよかった!」って思いました(笑)

パティシエになりたいと思ったきっかけは何だったんですか?

高塚 父親が料理人だったこともあって、”職人”というものへの憧れがあったのと料理やお菓子をよく自分で作ったりしてたんですよ。で、進路を考えるタイミングでちょうど世間のパティシエブームもあって、そのきらびやかな世界に「これだ!」って。

高野 当時「とりあえず大学には行っておこうかな」みたいな考え方はありませんでした?

高塚 考えてなかったですね。いわゆるみんなが選ぶ道、みたいなやつの反対を行きたがるんですよ。みんながそっちに行くなら僕はこっち、みたいな。

あまのじゃくですね!(笑)
伊奈学卒業後は「エコール辻東京製菓マスターカレッジ」に入学されますが、フランス語の勉強はそこで?

高塚 フランス語の授業も多少ありましたが、実習中に使う料理名や食材などの用語が全てフランス語なので、料理をしながら単語を覚えていくと徐々に文章になっていって、いつのまにか仲間の言いたいことがわかってくるようになっていきました。

そこから本格的にパティシエを目指していくことになるんですね。
ちなみに高野さんが建築家を目指したきっかけは?

高野 僕は小さい頃からサッカー少年で、高校もサッカーがやりたくて入りました。入学後、語学科のオリエンテーションでフランス語があることを知って、「フランスでサッカーやるのっていいな!」と思ったのがフランスとの最初の接点ですね。
 3年生でサッカーを辞めたタイミングで、当時のフランス語の先生がル・コルビュジエ※1という建築家の教会の写真を見せてくれて。それを見た瞬間「あっ、これがやりたい!」って。

※1 ル・コルビュジエ:フランスで活躍した建築家。機能性を追求した「近代建築の五原則」を確立。国立西洋美術館やサヴォア邸、ロンシャンの礼拝堂など世界7カ国17の資産が世界遺産に登録。

フランスと建築がバチッとつながった瞬間ですね。高校三年生から建築家への進路は大変そうですが。

高野 そうですね。進路が決まったのが遅かったので、そこから数学を始めたり、美術の先生にデッサンを見てもらったんですが、周りはめっちゃくちゃうまい人ばっかりの中になんか素人が入ってきた、みたいな。そんな状況でスタートしたので、とにかくがむしゃらに勉強しましたね。
 フランスの大学に編入できるということで京都国際建築技術専門学校に入学して、2011年にパリ・ラ・ヴィレット国立建築大学修士課程を修了した後、フランスの建築事務所に勤めました。

なるほど。フランスで建築の仕事をするために必要な資格があると聞きましたが、日本との違いなどは?

高野 日本で二級建築士を取得してからパリに来たんですけど、フランスの大学を卒業した後、1年間研修を受けるんですが、日本とちょっと違う点は「HMONP※2」という資格があって、その資格がないと自分の名前で事務所を開いたりプロジェクトを進めたりができないんです。日本の建築資格は技能の有無をチェックするんですがフランスでは技能に加えて「あなたには本当にその資格が必要なのですか?」ということを試験官に納得してもらわなきゃいけないんですよ。

※2 HMONP(Habilitation à l’Exercice de la Maîtrise d’Oeuvre en Nom Propre):フランスで建築家として建築家協会に登録して事務所を持ったり建築確認申請署名のために必要な国家免許。

高塚 え、そうなんだ、おもしろい。

高野 事務所スタッフとして働き続けるだけなら資格は必要ないんですが、自分の名前でプロジェクトのサインをするための資格なので「自分が建築家として活動する理由」について明確なビジョンをもっていないと面接官を説得できない。

高塚 ちなみに高野さんはその面接でどういうプレゼンをしたんですか?

高野 確か『フランスで日本人が開業する場合、フランス人の建築家よりも親身に寄り添ったサポートができる』というような観点で話しました。
 僕のクラインアントのおそらく40%くらいが日本の方だったりするので、今の仕事の取り組み方にも直結していますね。

そして2025年、高塚さんはパリ15区に「パティスリーTOSHIYA TAKATSUKA」をオープンされましたが、パリでお店を持つことは昔から考えていたんですか?

高塚 いや、全く想像してなかったですね。パティシエとしてやりたいことが固まってきたのはここ2、3年ぐらいかも。専門学校を卒業後、渡仏してからいろんなパティスリーやレストランで働かせてもらって、小林圭シェフに声をかけてもらった『レストランKEI※4』ではシェフパティシエという責任ある立場も経験させてもらいました。そこでは10年以上勤めたんですけど、40歳っていうタイミングでふと振り返った時に、今まで周りから与えてもらってばっかりだったなと。これからはそれを少しずつ返していきたいと思うようになって、その使命感と、自分はもっとできるはず、という期待感もあり、独立を決めました。

※4 レストランKEI:日本人で初めてパリでミシュラン三つ星を獲得したフレンチシェフ「小林圭」が2011年にオープン。2020年には日本人初のミシュラン三つ星獲得。

パティスリーTOSHIYA TAKATSUKAの店内

本日はその高塚さんのパティスリーにお邪魔しています。高野さんが内装設計をされたと伺っていますが、お二人が一緒に仕事をするきっかけは?

高塚 僕が自分のお店を作ろうと決めた時にいろんな知り合いにその話をしていたらホテル・ルコスト※3(Hôtel Costes)の日本人料理長、矢部さんが高野くんを紹介してくれて。

※3 Hôtel Costes(ホテル・コステス):パリのヴァンドーム広場近くにある最高級の5つ星ラグジュアリーホテル。

高野 そのシェフとは直接面識はなかったんですが、僕のプロジェクトを見ていてくれたらしくて。会ってみたら同じ伊奈学出身で、すごくびっくりしました(笑)

高塚 高野くんとの出会いが2024年で、そこから1年以上かけて物件のチェックや申請関係など、いろいろと協力してもらいました。

パティスリーTOSHIYA TAKATSUKAの店内

内装の設計だけでなく物件選びから一緒に?

高塚 はい。物件によってできる工事の内容が違ったり、例えば料理をしてはいけない物件なんかもあったりして、自分ではわからないことも多かったので。

高野 特にパリ市内は景観保護の関係で、外観は変えられないなど制約が多いんです。物件の仮契約の前に工事業者にも来てもらって、配線・配管・換気の確認まで一緒にやりました。契約したあとで「できませんでした」となるとお金がかかってしまいますから。失敗しないように動きました。

高塚 いろんな許可が下りるのが1週間ずれたり、工事日程が延びるとか、いわゆる”フランスあるある”が積み重なって店舗オープンが大幅に遅れることはよくあるらしいんですが、高野くんが細かくケアしてくれたおかげで問題なく進められました。今考えると彼とじゃなきゃオープンできなかったかもしれないですね。

パティスリーTOSHIYA TAKATSUKA設計図面

パティシエ、建築家として、今後チャレンジしてみたいことは?

高塚 僕は人と人をつなぐ架け橋の場を作りたいと思っていて。
 パティシエって本当に職人の世界なんですよ。長い下積みのなかで技術を習得していくんですが、最近は働き方の変化もあってパティシエ人口も減ってきていて。自分が教わってきたことを後世に伝えて次世代の育成に取り組みたいなと考えてます。
 あとはお菓子を作るために欠かせない生産者の方との繋がりを大切にしたくて、素晴らしいパッションを持った生産者の方々とお互いに認め合える関係を作っていきたい。
 それらの実現の場として自分のパティスリーがなったらいいなと。僕自身が店頭に立って、コミュニケーションを通して人と人を繋げていく。そんな取り組みをどんどんやっていきたいですね。

パティスリー店内には高塚さんが出会ってきた生産者の商品が並ぶ

高野 僕は、世界最大のワイン産地であるフランスでワイナリーを設計したいんです。フランスで19年生きてきたので、やっぱり大好きなこの地でしかできないことをやりたいなと。
 建築を志すきっかけになったル・コルビュジエや安藤忠雄※5みたいに象徴的な建築デザインで自分のスタイルを表現する!そんな仕事を残したいなと昔から思っていて。今は月に1回はフランス各地のワイナリーを見学に行って、自分で作成したプロジェクトを見てもらって「タイミングがあったら是非!」とあちこち声をかけてまわってます。
 ずっとやりたかったことのスタートラインに今立っている感じですね。

※5 安藤忠雄:元プロボクサーという異色の経歴を持つ独学の建築家。装飾を排した「打ち放しコンクリート」と光や風などの自然を内部に取り込む空間構成が特徴。代表作「住吉の長屋」「光の教会」など。

最後になりますが、いま海外での仕事に憧れている在校生に向けて、先輩としてどんなことを伝えますか?

高塚 シンプルに言うと『自分自身には期待していいけど、それ以外の人、場所には過度に期待しすぎないこと』ですかね。
 『あの人に会ったら、フランスに行ったら、なにか素敵なことが起きるんじゃないか』って期待しちゃうんですよ。でもどこに行ったって結局自分は自分。自分をしっかり持って、自分に期待しながら自分を鍛えていくことが大事だと思います。
 自分の周りにも「フランスまで来たのにこんなはずじゃなかった」って帰ってしまう人も多くて。でもそれは場所がつまんないんじゃなくて楽しめない自分があるだけ。最終的な自分の舵取りは自分でする、ということを伝えたいですね。

高野 僕からは、そうですね、「とにかくいろいろやってみること」が大事かな。自分の感性や特色って実際に責任を持って仕事をしてみないとわからない部分がある。組織に所属しなくてもできる活動、例えばコンペに出すとか気になるところにはインターンに行ってみるとか、とにかく経験を積み重ねていくことが大事だと思います。
 海外に行くことを必ずしもお勧めするわけではないんですが「かっこいいから海外」じゃなくて「この国が好きで、この仕事がしたい!」という気持ちがあるなら全力でやった方がいい。本気で行きたいと思っていれば、助けてくれる人は必ず現れますから。

本日は貴重なお話をありがとうございました。これからのご活躍も期待しております!

Profile

高塚俊也 【17期・英語学科】
たかつか としや

1984年 埼玉県生まれ。
2003年 伊奈学園総合高等学校 卒
2005年 エコール辻東京製菓マスターカレッジ 卒
2009年 渡仏
2013年「レストランKEI」のシェフパティシエに就任※
2025年 パティスリー TOSHIYA TAKATSUKAをオープン
※2017年の二つ星、2020年の三つ星獲得に貢献。19年にはミシュランが選ぶパティシエ30名にアジア人で唯一選出されました。

Profile

高野邦彦 【18期・フランス語学科】
たかの くにひこ

1985年 埼玉県生まれ
2004年 伊奈学園総合高等学校 卒
2006年 京都国際建築技術専門学校 卒
2007年 日本にて2級建築士取得
2011年 パリ・ラ・ヴィレット国立建築大学 修士課程修了
2012年 フランス建築家資格取得
2013年 フランス建築家協会登録
2016年 KUNIHIKO TAKANO ARCHITECTUREを設立

取材年:2026年 / 文・写真:桑原 巧