【インタビュー】太田りゆ[競輪選手]

女子競輪界に
新星現る!#

大きな瞳に、キュッと口角の上がった口元。居るだけで周りを明るくしてくれる太田りゆさん。2017年、競輪界にデビューして以来、各メディアに引っ張りだこだ。三日間あったデビュー戦では、全三試合を全て1位で飾るという、史上五人目の快挙を成し遂げたほか、チームスプリント(二人一組で一人一周ずつし合計タイムを競う)という競技で日本記録を更新するなど、実力も十分に兼ね備えた、今注目の競輪選手である。

競輪界に入ったきっかけもおもしろい。ズバリ「お金を稼ぎたかった」から。伊奈学園ではスポーツ科学系を専攻し、中学からやっていた陸上部に入部。卒業後は東京女子体育大に進学し、引き続き陸上部への入部を考えていた。しかし大学入学と同時に両親が離婚。経済的に大学生活、部活の入部さえもままならない状況に陥ってしまう。“どうしたらお金を稼ぐことができるのか“を携帯で検索したところ、数ある職業の中から“公営ギャンブルの選手“が目に留まる。中でも競輪選手は年収もよく、賞金も見込める。そして何より筋肉の動かし方など、今まで陸上で培ってきたものが活かせるのではないか、という思いと勢いで競輪の世界に飛び込んだ。

競輪選手になるために、2016年5月に競輪学校に入学。髪型、ネイルなどのオシャレはもちろんのこと、携帯・スマホの持ち込みは一切禁止という、軍隊並みに厳しい学校であった。一方、競技はというと、今まで陸上をしていた肉体は、めきめきと成長していく。その成長はオリンピック・ナショナルチームのコーチ、ブノワ・ベトゥ氏の目に留まり、ナショナルチームの一員に抜擢された。それも競輪の自転車に乗り始めて、まだ半年ほどしか経っていなかったというから驚きだ。

苦境をのり超えて
見えてきたもの#

自転車競技は大きく二つに分かれ、一つはギャンブルとしての競輪、もう一つはスポーツ競技としての競輪がある。前者は賭け事であり『ガールズ競輪』とも呼ばれ、選手になるには競輪学校に行き資格を取らなくてはなれない。後者はワールドカップやオリンピックでの種目で、実力があれば学生でも選出される。

現在ナショナルチームのメンバーは、女子は太田さんを入れて三人。うち一人は競技のみ、太田さんともう一人は、賭け事と競技を掛け持ちしている。ナショナルチームに選出された当初、自分の立場がわからないまま出場したアジア選手権大会で、チームスプリントという競技で第3位という成績を収める。その後もワールドカップなどの試合も出場し、良い成績を収めた。出続けているうちに、“日本代表なのだから、競輪選手として負けてはいけない“というプレッシャーが日に日に強くなっていく。そんな状況で出場したガールズ競輪の試合で、一敗を期してしまう。その一敗は想像以上にダメージを与え、自転車に乗ると息ができなくなるほど精神的に追い詰められた。泣きながらレースに臨むなど、精神が安定しない状態が続いたため、数カ月間休養をとることに。その精神状態は、右のこめかみ付近に円形脱毛症を引き起こした。

しかし、堕ちた精神状態から抜け出すきっかけとなったのもこの円形脱毛症だったという。「私、ハゲちゃった!?と、おもしろくて逆に開き直ることができたんです」。

円形脱毛症が、落ち込んでいる自分を客観的に捉えさせてくれ、ポジティブに切り替えることができたそうだ。それまではオフとなると体を休めるために出かけずにいたが、今はオフの日は積極的に遊びに行き、違う世界に触れ気持ちを切り替えるようにしているという。そのおかげでいっそうレースが楽しくなった、と言うその笑顔には一点の曇りもない。

オリンピックと
その先を見据えて#

二年後に東京オリンピックを控え、彼女の前進は止まらない。競輪競技には自国開催だから自動的に出場できるという枠は用意されていない。ワールドカップなどの試合に出て、自力でポイントを稼いで出場権を獲得する以外方法はないという。「今、自転車が楽しくてしょうがないんです」と、彼女。競技もギャンブルも特に意識することなく、それぞれの競技自体を楽しみ、全力を出し切るのみだと彼女はいう。「二年後のオリンピックに出場しメダルを獲るために全身全霊で臨み、その後は結婚して子供を産んで、ママレーサーとしても活躍したいです」と彼女は笑う。

競輪選手だけでなく女性としての夢も持つ彼女の瞳は、オリンピック、そしてその先の未来までも見据えている。

Profile

太田 りゆ【27期3J・スポーツ科学系/陸上部】
おおた りゆ

1994年8月17日生まれ。中学・高校と800mの陸上選手として活躍。大学を休学し、競輪学校に入学。競輪学校在学中にナショナルチームに抜擢され、2017年には112期生としてガールズ競輪の選手としてデビューを果たす。 現在、チームスプリントの日本記録保持者。
ギャンブルと競技を掛け持つ選手として東京オリンピックを目指す。

取材年:2018年文:中本公美子写真:清水啓介