【お仕事探訪】相田健太郎[プロサッカーチーム社長]

プロサッカーチームでJ2のモンテディオ山形(以下山形)のホームゲームは毎試合、まるでお祭りのようなにぎわいだ。

スタジアムがある山形県総合運動公園内にはグルメを提供する店舗がズラリと並び、数は36にのぼりJリーグ最大級。ユニフォーム姿のサポーターだけでなく、観光客が足を運ぶこともあるほど。試合に勝てば活躍した選手が特設ステージに立って乾杯の音頭を取る。勝利の喜びを分かち合い、笑顔あふれる時間は最高の一言。初めて訪れた人のリピート率がJリーグトップなのもうなずける。

その空間を作り出す中心にいるのが相田健太郎社長だ。山形が公益財団法人から株式会社に移行後、初の民間企業出身の社長で“勝ち負けに左右されないスタジアムづくり”を追求してきた。

「山形県の吉村美栄子知事や市町村の首長を始め、いろいろな方々が“県民の宝”という言い方をしてくれるんです」

就任6年目で成し遂げた相田社長の表情は充実感でいっぱい。「馬鹿なことをやり続ける」をモットーに斬新なアイデアを生み、実現する行動力で着実に結果を出した。クラブは2023年、3年連続の黒字化に成功。集客は過去最高となる平均8,300人で、前年より1,800人も多かった。“伊奈学園発”の敏腕社長と言っていい。

プロ野球の楽天へ入社が転機
そこでの学びが現在の根幹に#

そもそも相田社長はアルゼンチンからの帰国子女。4歳から9歳、中学校の計9年間、父の仕事の関係で海の向こうで暮らした。アルゼンチンと言えばサッカーの強豪国。そこで鍛えられたテクニックを伊奈学園で存分に発揮し、3年次にはチームを初めて高校総体へ導いた一員となった。

当然、将来はプロサッカー選手にという思いがあり、複数のクラブからオファーの話も届いた。しかし、アメリカ映画『ザ・エージェント』を見て考えが変わる。

「トム・クルーズ演じるスポーツエージェントがかっこよくて」選手とクラブをつなげる仲介人に興味がわいたとのこと。社長業については「全然願望はなかった」そう。
エージェントの夢を抱きつつ、卒業後はスポーツイベントの企画などを手掛ける毎日コムネットに入社。サッカー大会運営のノウハウを勉強し、プロサッカークラブの水戸ホーリーホックに転職すると営業マンとして働いた。
人生のポイントになったのは東北楽天ゴールデンイーグルス(以下楽天)への入社だった。プロ野球業界に飛び込み、今後の自身の根幹になるポリシーを学んだ。

「お客様にチームに対する愛着、誇りを持ってもらえる球団に」

楽天は負けた場合も想定しての集客、スタジアムづくりを実践していた。試合以外でも満足できるようにとの意識を目の当たりにし、今の山形のベースになっている。在職中はプロ野球界初の15歳以下の硬式野球チーム『東北楽天リトルシニア』の発足に尽力。サッカーのジュニアユース(中学年代)の仕組みを取り入れた。

プロサッカーの神戸へ
在職中に“社長”の打診#

そうやって実績を積み重ね10年半が過ぎたころ、当時の立花陽三社長に呼び出される。
「『スペイン語やポルトガル語はわかるか』と聞かれたんです。『なんとなくわかります』と答えたら、翌朝6時に(系列会社であるJ1の)ヴィッセル神戸(以下神戸)の練習に行くことになりました」
 アルゼンチン生活で培った語学力を買われ、課題を抱えていた神戸へ緊急出張。解決法を提案するレポートを提出したときに「これを誰がやるんですか?」と立花社長に問うと、「お前だろって(笑)」。
 調整役として白羽の矢を立てられ、神戸の強化部長に就いた。
 山形社長への誘いは神戸で戦略室室長だったときに舞い込んだ。悩みどころではあったが、妻の後押しで決断。立花社長は常々、「いい話があったら行け」と言っていて、「『山形へ行きます』と伝えたら喜んでくれました」。

 

新スタジアム構想が具体化
2025年秋着工予定#

尊敬する経営者たちの「自分のなかの正しさを貫く」姿勢は相田社長にも息づく。こうと思ったことはやり遂げ、就任時に掲げた新スタジアムのビッグプロジェクトが具体化。他社との共同出資による新会社の『モンテディオフットボールパーク』を設立して社長を兼ねる。2025年秋着工予定で、2028年以降には開業の見通し。
 新スタジアムは現スタジアムに隣接し、概要としては収容人数15、000人以上となり、現スタジアムの良いところであるスタジアム正面の賑わいを引き続き創れる広場が隣接している施設となる。またピッチと観客席の距離がとても近く、選手の熱いプレーをじっくりと堪能できそうだ。
「大事なのは試合のある年間の20日ではなくて、試合のない345日。その考え方をもとに作っていきたい」
 相田社長はサッカーの試合だけでなく、コンサートなどの大規模イベント開催も念頭に置く。子供からお年寄りまで楽しめる「山形県の良いところを再認識し、つなぎ合わせ、必要なものを足してゆく施設」として地域活性化を図る。

ほかにも相田社長のやりたいことは盛りだくさん。引き続き、チームのJ1昇格へ向けて力をそそぎ、アカデミーの強化も目指す。地元の若者と高齢者をつなぐ中継地構想などプランは尽きない。
相田社長はエージェントの夢とはまた別の形で、さまざまな人やものをつなぐ“仲介人”となった。伊奈学園の日々も現在の礎の一つで「とにかく楽しかった。堅苦しさもなく、幅広い考え方が身についた」と振り返る。

相田社長の生き様はエネルギッシュで、憧れる在校生も出てくるはず。そんな後輩たちへのアドバイスは「本を読むこと」。日本を代表する経営者の故・松下幸之助氏の本を好み、持ち歩いている。
これからも相田社長は“馬鹿なこと”を発想し続けるのだろう。そして、Jリーグを、ひょっとしたら日本全体にも衝撃を与える新しい挑戦をしてくれるかも…。楽しみにしながら待っていたい。

お仕事DATA

就活

たくさん本を読んで知識をたくわえよう。経営者の故・松下幸之助氏の本がオススメ。

実際

クラブ、チームだけでなく、山形県の発展も見据える。新スタジアム建設はその象徴。

就活

自分が考える“正しい”を貫くこと。目標を掲げたらブレずに邁進していく信念が大切。

Profile

相田 健太郎【7期・語学系/サッカー部】
あいた けんたろう

1974年、山形市南陽市出身。東洋大学経営学部卒業。
毎日コムネット、J2の水戸ホーリーホックを経て、2007年にプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス入り。17年にJ1のヴィッセル神戸に出向して強化部長などを務め、19年に現職。
就任当初から改革に着手し、Jリーグクラブ初となる23歳以下の学生マーケティング部を作るなどしてきた。 おかげで「モンテディオ山形に行けば新しいことができる」と評判に。高校時代のニックネームはアルゼンチンからの帰国子女だったことから、キャプテンに「アルゼン」と命名された。

取材年:2024年文:松澤明美写真:桑原 巧