【偉人伝】田中 稔[伊奈学園陸上部元顧問]

今回もビッグな大物の登場です! 13期以前の皆さんなら「田中 稔」にピンと来なくても「ジャパン」の名に、あぁ! となる人は多いんじゃないでしょうか。いつもJAPANのロゴ入りジャージを身にまとっていたことから誕生した「ジャパン」の愛称。そう、実はジャパンこと田中稔先生はその名の通り、オリンピック選手団の帯同経験もある、陸上界では知る人ぞ知る有名人だったのです!(そしてこの記事ではあえてジャパンと呼ばせていただきます)

今回取材に訪れたジャパンの御自宅に、ところ狭しと並ぶ、写真パネルや勲章、盾、トロフィーなどの数々。それを一つひとつ丁寧に説明してくれるジャパン。時間がいくらあっても足りません(笑)。

平成8年、伊奈学園で高校教師としてのキャリアを終えたジャパンですが、在職中は何度も管理職への昇進を勧められたそう。そのたびに「オレ、そういうの好きじゃないから」と頑なに固辞し、生徒と直接触れ合うことにこだわってきました。退職後も自分を必要とする場所に出向き、多くの選手を育て続けているジャパンですから、節目ごとに、あちこちから同窓会のお誘いなどがあるそう。そんな話を目を細めて語る姿には、教え子たちの活躍を心から喜んでいる様子がうかがえます。

ジャパンの話を聴いていて感じるのは関わる人への惜しみない愛情。とくに自分を慕ってくる後輩を、全力でサポートする姿です。

取材でも、ふんぞり返って自慢話だけしていてもいい立場なのに、まずじっとしてない(笑)。常に撮影の位置を気にしたり、こんなアルバムがあった!とわざわざ出してきてくれたり……。とにかくそのサービス精神はこちらが恐縮してしまうほどで、このエネルギーこそがジャパンの源なんだな、と気づかされたのでした。先生、奥様を大事にされて、お二人で東京オリンピックを見届けてくださいね。

Profile

田中 稔 たなか みのる

自身も陸上選手として活躍したのち、高校教師に。川口工業高校を経て伊奈学園には準備段階から関わる。日本体育大学での指導ほか、国体の埼玉代表監督やアテネ五輪の選手団帯同など、その経歴は枚挙にいとまがない。現在は本業のかたわら、月2、3回のカラオケ指導も大事な業務。

取材年:2018年文章:ー写真:ー